多因子遺伝する表現と、呼称の混乱

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管理人の飼育個体

多彩な表現が存在するレオパにおいて、その表現が多因子遺伝の形質を持つ事は珍しくありません。

例えば、本種において最も発展している表現であるタンジェリンや、近年表現の発展が著しいメラニスティックも多因子遺伝の形質を持ちます。

そして、多因子遺伝の形質を持つ表現は、ベースモルフとは異なり単純なメンデルの法則に従いません。


この多因子遺伝する表現の存在が、レオパーゲッコーの表記や呼称をより複雑にし、場合によっては混乱を生んでいます。
本記事では、多因子遺伝する表現と、その呼称についての解説を行っていきます。

[多因子遺伝]

そもそも「多因子遺伝」とは何なのか?

一口に多因子遺伝と言っても考え方は多様であり、この部分について詳しく解説を行おうとするととてつもない文章量となり、どんどんと話が逸れてしまうので、あくまでも「レオパの呼称を理解する為の解説」を進めます。

今回は「量的形質遺伝」として考え解説しておりますので、気になる方は各自お調べ下さい。


レオパにおいて「多因子遺伝の形質をとる」とされる表現は

=メンデルの法則に従わない表現。

と考えられがちですが、実際には

=複数の対立遺伝子が集まって一つ一つがメンデルの法則に従い、一定数が必要な形で揃った時にする表現。

という状態であると考えた方が、理解しやすいです。

文章では分かり難い為、図を用いて分かりやすく解説していきます。

まず例として、多因子遺伝の形質をとる「ブルー」という表現が存在するとします。

この「ブルー」は二つの遺伝子により発色を行い、それをグラフ化すると下図のようになります。

1. 青の棒グラフ

 ⇒ 単一では表現を左右しない、ブルーの表現に関わる対立遺伝子A

2. 赤の棒グラフ

 ⇒ 単一では表現を左右しない、ブルーの表現に関わる対立遺伝子B

図内の緑線を超えた際、レオパはブルーの表現をとると仮定します。

図からは、対立遺伝子A及びBのみではブルーの表現に至らず、二つの対立遺伝子が揃うことで初めてブルーを表現することが読み取れます。

これが、前述した

「複数の対立遺伝子が集まって一つ一つがメンデルの法則に従い、一定数が必要な形で揃った時にする表現。」

という、多因子遺伝の説明の図解になります。


今回は例として「ブルー」の表現に関わる対立遺伝子を2個と仮定しましたが、実際にはより複数の対立遺伝子が重なり合い、その中には複対立遺伝子が含まれる可能性も考えられます。

更に、それぞれの対立遺伝子がどのように含まれるかは外見から区別する事が不可能です。

…要するに、ベースモルフとは異なり机上での計算が殆ど不可能に近いということです。


レオパにおいて、ベースモルフとは遺伝性が異なる多因子遺伝する表現の多くはGeneral Line BredやPolygenic Line等と分類され、各ブリーダーにより〇〇Line, 〇〇Project等※と言った呼称が与えられます。

※世界的にも呼び方は統一されておりませんが、今回の記事の主題ではありませんので以降は「ライン」と呼びます。


[アウトクロス

多因子遺伝するラインについての簡単な解説は前項の通りです。

本項では、アウトクロスについての解説を行っていきます。


まず、多因子遺伝の形質をとる表現や各ブリーダーによるラインは、机上で表現の計算をする事が出来ない事は解説の通りです。

そして、これらの個体と全く血縁関係の無い個体を交配することを「アウトクロス」と呼びます。

レオパにおいて、アウトクロスは往々にして呼称の混乱を引き起こします。

1. 青の棒グラフ

 ⇒ 単一では表現を左右しない、ブルーの表現に関わる対立遺伝子A(潜性遺伝)

2. 赤の棒グラフ

 ⇒ 単一では表現を左右しない、ブルーの表現に関わる対立遺伝子B(顕性遺伝)

先ほど使用したグラフに定義を追加し、対立遺伝子Aは潜性遺伝の形質を持つと仮定し、対立遺伝子Bは顕性遺伝の形質を持つと仮定します。

それでは、上記を前提として「ブルー」と「ノーマル」を交配した場合 = アウトクロスの結果を解説していきます。

分かりやすくする為、それぞれの対立遺伝子の動きを分解して考えていきましょう。


ブルー×ノーマルでの対立遺伝子Aの動き

遺伝子Aは潜性遺伝の形質を持ち、ホモ接合体のみが表現をします。

その為、ブルーの表現をする個体が持つ遺伝子Aのパターンは、1つになります。

4/4 A+[対立遺伝子Aヘテロ接合体]

ノーマルと交配した場合、上図の通り100%の確立で遺伝子Aを1つ引き継いだ個体が出現します。


ブルー×ノーマルでの対立遺伝子Bの動き

遺伝子Bは顕性遺伝の形質を持ち、ホモ接合体とヘテロ接合体で表現差がありません。

その為、ブルーの表現をする個体が持つ対立遺伝子Aは、パターンが2つあります。

尚、このパターンは外見からの判別は出来ません。

パターン1:B+[対立遺伝子Bヘテロ接合体]

2/4 B+[対立遺伝子Bヘテロ接合体]

2/4 ++[ノーマル]

パターン1とノーマルで交配した場合、上図の通り50%の確立で遺伝子Bを全く引き継いだ個体が、個体50%の確立で遺伝子Bを全く引き継がない個体が出現します。


パターン2:BB[対立遺伝子Bホモ接合体]

4/4 B+[対立遺伝子Bヘテロ接合体]

パターン2とノーマルで交配した場合、上図の通り100%の確立で遺伝子Bを1つ引き継いだ個体が出現します。


ブルー×ノーマルでの対立遺伝子AとBの動き

それでは分解して考えた所で、遺伝子AとBの動きをまとめて行きましょう。

ⅰ.対立遺伝子Bがパターン1の場合のブルー × ノーマルのアウトクロス結果

    50%:A+ B+

    ⇒対立遺伝子AとBのヘテロ接合体である。

    50%:A+ ++

    ⇒対立遺伝子Aのみのヘテロ接合体である。


ⅱ.対立遺伝子Bがパターン2の場合のブルー × ノーマルのアウトクロス結果

    100%:A+ B+

    ⇒対立遺伝子AとBのヘテロ接合体である。


つまり、いずれの交配結果においても"ブルー"を表現する為に必要な対立遺伝子が揃う事が無い為、"ブルー"の表現をした個体は産まれません。

そして、ⅰ.の交配結果から50%の確率で誕生する「A+ ++」の個体が、問題を引き起こしていきます。


[ラインのアウトクロスによる問題]

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管理人の飼育個体

前項の最後で触れた「A+ ++」の個体を引き合いにして、本項ではアウトクロスのネガティブな側面についての解説を行っていきます。

まず、この「A+ ++」の個体の何が問題になるのか?それは本記事のタイトルにもある通り「呼称の混乱」です。

順を追って解説していきます。


まず、世界的な流れとしてラインをアウトクロスした結果に産まれる個体に対し、パーセンテージの呼称を与える事が一般化しつつあります。

つまり、ブルー×ノーマルの子世代に対して

『50%ブルー』

というような呼称を与える場合です。

この数字は、メンデルの法則ですらない単純な計算式によってもたらされます。

例えば50%ブルーの個体をノーマルと交配した場合、50÷2=25で25%ブルー。

50%ブルーの個体をブルーと交配した場合、(100+50)÷2=75で75%ブルー。

と言った計算です。

このパーセンテージ表記は多因子遺伝する表現の遺伝性と非常に相性が悪く、呼称に混乱を生んでいます。


この表記がどんな混乱を生むのか?

何が混乱を生んでいるのか?

まだまだ分り難いと思いますが、ブルーをトレンパーアルビノ・GEMスノー、構成する対立遺伝子Aをトレンパーアルビノ対立遺伝子BをGEMスノーと置き換える事で明白になります。

先ほどの対立遺伝子Aがパターン1であった場合のアウトクロス結果を思い出してみましょう。

ⅰ.対立遺伝子Bがパターン1の場合のブルー × ノーマルのアウトクロス結果
    50%:A+ B+
    ⇒対立遺伝子AとBのヘテロ接合体である。
    50%:A+ ++
    ⇒対立遺伝子Aのみのヘテロ接合体である。

この中の対立遺伝子Aをトレンパーアルビノ、対立遺伝子BをGEMスノーに置き換えると…

ⅰ.GEMスノーがパターン1の場合のトレンパーアルビノ・GEMスノー × ノーマルの交配結果

    50%:A+ B+

    ⇒GEMスノーとトレンパーアルビノのヘテロ接合体である。

    50%:A+ ++

    ⇒トレンパーアルビノのみのヘテロ接合体である。

となります。

つまり「A+ ++」の個体は、GEMスノーの対立遺伝子を含まず、トレンパーアルビノの対立遺伝子を1つ含む状態になります。

「A+ ++」の個体はトレンパーアルビノ・GEMスノーの子供であることは事実ですが、GEMスノーの対立遺伝子を含んでいない為、この先繁殖を重ねても永遠にGEMスノーが出現する事はありません。


このような状態にある「A+ ++」の個体に対して

『50%トレンパーアルビノ・GEMスノー』

と表記する事は正しいでしょうか?

同じく、この50%トレンパーアルビノ・GEMスノーを用いた子供に対して、単純な計算から25%,75%トレンパーアルビノ・GEMスノーと表記する事は正しいでしょうか?


これこそがラインをアウトクロスした際に発生する、表記の混乱の中身の話です。

又、パーセンテージの表記については、breeder.ioのヒョウモントカゲモドキの表記規則例 4.4.3 パーセント表記についての項でも不当性が詳しく解説されておりますので、理解を深めたい方は是非ご一読下さい。


[呼称の混乱と模索

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管理人の飼育個体

ここまでの解説から、多因子遺伝する表現はアウトクロスを行う事で、呼称の混乱が引き起こされる事がご理解いただけかと思います。

更には、各ブリーダーにより作出される「ライン」は、定義が一定でないという大きな問題も存在します。

つまり、ベースモルフの定義が「ハッキリとした遺伝性」である一方、ラインの定義は「各ブリーダーのさじ加減」という事です。

端的に言えば、ブラックナイト×ノーマルの子供を、全てブラックナイトと表記して販売するブリーダーも存在するということです。


本項では、表記の混乱に対する解決策を模索していきます。


Pure論

店頭で販売されるレオパを見る中で

『Pure ○○』

といった呼称で販売される個体を見かけた事はありませんでしょうか?

この"Pure"とは本来、前述の混乱を理解するブリーダーが、自身の販売する「ライン」についてアウトクロスを行っていない旨を示す為の表記です。


Pureについては、GeckoBoaのJohn Scarbrough氏による解説が最も分かりやすく、以下が内容の翻訳です。

『レオパードゲッコーに「Pure」という表記をつける場合、特定のライン名に使用します。例えばPure Firewater、Pure Solar Raptor、Pure Pastel Raptor、Pure Bandit等です。

この場合Pureという表記を利用するには、100%その血統のレオパードゲッコーを保有していなければなりません。

これはPastel RaptorとExtreme Emerineを交配して、Pastel Raptorを作出するという意味ではありません。

ライン名はマーケティングの為のものですが、これらはレオパードゲッコーの特定の血統を表すものであり、正直に表記する必要があります。

ブリーダーの多くは、1つのライン名(オス・メスの内より販売力の高いライン名)を子世代の表記に使用しながら、実際にはその他多くの血統と交配を行っています。これはレオパードゲッコーを繁殖したり販売する上で、非常に不誠実なアプローチです。

Source1:Pureについての解説(John Scarbrough氏による原文)


求められる呼称とは

大前提として多因子遺伝する表現やラインには、そもそも呼称のルールはありません。

現在進行形でそのルールが模索されている状況であり、強制力のあるルールは一つも存在しないのです。

その為、以後語られる"求められる呼称"はあくまでも提案の一つであり、押しつけがましい答えではありません。


John Scarbrough氏の示すPure論からも読み取れる通り、ブリーダーは可能な限り正直で正確な表記を行う事が求められます。

つまり、ライン名を用いるのであれば、そのラインを作った本家ブリーダーの販売個体までトレース出来る血統の個体である必要があるという事です。

"Pure"とは、その名前で販売されていたからPureという意味では決してありません。


こうした混沌とした状況にあるアウトクロスしたレオパの呼称について、"cross"という表記や構成要素を列挙する形の呼称で、ひとまずの落ち着きを見せつつあります。


[一つの解決案]

アウトクロスした結果の個体に対して用いる呼称として、近年一般的になり始めた形が

『○○ Cross』

『表現名(○○/××)』

といった形式です。


以下がそれぞれの実例です。

1. ○○ Cross

ライン名を呼称に含む個体と、ライン名を呼称に含まない個体を交配した際に主に用います。

例えば、JMG ReptilesによるBloodというラインと、ハイイエローを交配した場合の子供には

"Blood Cross"

という呼称が与えられます。

これはPureなBloodではない事を示すと同時に、今後の交配の中でBloodと似た個体が出現した際に、表現のルーツについて知る事も出来る便利な表記です。


2. 表現名(○○/××)

ライン名を呼称に含む個体同士を交配した際に主に用います。

例えば、JMG ReptilesによるBloodというラインと、Ultimate GeckosによるAfghan Tangerineというラインを交配し、タンジェリンを表現した子供には

"タンジェリン(Blood/Afghan Tangerine)"

という呼称が与えられます。

これはPureなBlood,Afghan Tangerineではない事を示すと同時に、今後の交配の中でBlood,Afghan Tangerineと似た個体が出現した際に、表現のルーツについて知る事も出来る便利な表記です。

又、累代が進む中で構成する要素が更に増えていった場合、タンジェリン(○○/××/△△)等増やしていく事が一般的です。


なぜ構成要素を列挙するのか?

ブリーダーの中には、Pureで無くなった時点でそのライン名を利用すべきではないと考える方もいます。

不必要な付加価値を与えてしまうというネガティブな側面から考えれば確かにその通りではありますが、構成要素の列挙にはポジティブな側面もあります。

各ラインにはそれぞれ背景があり、Poss Hetで抱えるベースモルフが判明しているラインや、亜種間交雑を名言しているライン等、交配を行う際に注意するべき点が可視化出来るというメリットが存在します。


又、実際にアウトクロスをしてみると、両親のどちらの表現にも似ていない子供が生まれるという事は決して珍しくありません。

そうした個体に対して、どうした呼称を与えればいいのか?という悩みもまた珍しくありません。

更にその子供をとってみると、祖父母と似た表現に戻るという事も珍しくないのです。

つまり、親に使用した個体からは想像できなかった突発的な表現について、そのルーツを知るという点でも、構成要素が明記されている事には大きなメリットがあるのです。


[最後に]

準備中…

管理人の飼育個体

2021年内に公開を目標とした本記事でしたが、どうにか間に合いました。

部分的に気に入らない箇所も残りますので、その辺りは順次修正していきたいと思います…


この記事は、以前3つの記事に分けて解説していた内容を統合・追記したものです。

それぞれの内容に繋がる部分が多く、通しで解説がなされていた方が分かりやすいのでは?と考え、軽い気持ちで作り直し始めた記事でしたが、修正・悩み・放置を繰り返す形となりあっという間に1年半が経過していました。


本記事では"表記の混乱"を主題として、アウトクロスによって生じる問題とその解決案について触れるものとなっています。

その為、アウトクロスが極めてネガティブな行為であるように受け取られる可能性がありますが、レオパードゲッコーを継続的に繁殖する上でアウトクロスとは必ず必要な行為になります。

表記の混乱の回避やPureの追求の果てに、過度な近親交配を進める事は、近交係数の観点からも狂気的な行いであり、一定の地点で血縁の遠い個体と交配して血を薄める事は必ず必要です。

近交係数についてはbreeder.ioの交配における近交化と近交弱勢についての項で詳しく解説が行われておりますので、是非ご一読下さい。