モルフと遺伝子疾患の線引き

近年、世界中で加速度的にレオパードゲッコー(以下、レオパ)の新たなモルフが産まれています。

カラーバリエーションこそが本種最大の魅力である以上、表現に変化を与える新しいモルフは常に歓迎されてきました。


しかしながら、レモンフロストの腫瘍問題を発端として

「モルフに紐付いた障害は存在しないか?」

という、そのモルフの健康面へも注目が集まりつつあります。

実際に近年発表されたCipherやB.A.E、遺伝性検証中のスケールレスにおいても、付随した障害が存在しない事がそれぞれのインフォメーションに明記されています。

今回は、モルフと遺伝子疾患の線引きについて考えていきましょう。

又、各ベースモルフについての解説は下記記事にて行っています。


[モルフとは]

そもそも、モルフの全ては大なり小なり遺伝子疾患であるという理解が必要です。

例えばレオパに限らず殆どの種類において重宝される「アルビノ」ですが、これはなんらかの要因により、本来生成されるはずのメラニン色素が生成出来ない異常な状態を引き起こす突然変異です。

現にレオパでは、アルビノの中にノーマルと比較した際に明らかに光に敏感で、視力が劣る個体も存在します。


このように書くとネガティブな印象を与えてしまいますが、これは本種の魅力の根幹に関わります。

何故ならば、異常な状態ではない完全な状態のレオパとは

「可能な限り近親交配を避け、突然変異が起きないように調整されたノーマル」

であるからです。

カラーバリエーションが最大の魅力であり、モルフを中心とした大規模なマーケットが存在する本種において、この種類を選んだ人が、特徴差の殆どない瓜二つのノーマル個体を何匹も飼育したいと本当に考えるでしょうか?

少なくとも私は欲しいとは思いません。


つまり、この場合重要になってくるのは問題の程度と線引きです。

順を追って考えていきましょう。


[問題を抱えるモルフ]

それではまず、問題を抱えるモルフとその症状を簡略に列挙します。細かい解説が必要なモルフに関しては、それぞれ別に記事を作成しておりますのでそちらをご覧ください。

"線引き"を考える事が目的ですので、まずは障害ではなく問題として記載します。


アルビノ各種(Tremper, Bell, Rainwater)

 一定の確率で弱視の個体が発生します。

エクリプス

 一定の確率で弱視の個体が発生します。

エニグマ 個別解説記事はコチラ

 高い確率で神経障害を引き起こします。

スーパーマックスノー

 一定の確率で生育不良、弱視、鼻先に膿が溜まる、オス個体の不妊等の問題を抱えます。

NDBE/ノワールデジール 個別解説記事はコチラ

 高い確率で進行性の盲目症を引き起こし、ほぼ全てのメス個体は不妊問題を抱えます。

ブリザード

 一定の確率で神経質で野生的な個体が発生します。

W&Y 個別解説記事はコチラ

 神経障害を発生させる独立した遺伝子(WYシンドローム)の蔓延が進んでいます。

レモンフロスト 個別解説記事はコチラ

 一定の確率で転移性のある腫瘍を発生させます。


五十音順で並べました。改めて見ると結構多いですよね。

その他のモルフについても再考の余地はありますが、この部分は厳密には本記事の主旨では無いのでこの辺にしておきます。


極端な言い方をすれば、上記のモルフを使わない事で併記された健康問題は殆ど解決します。

…念のため書きますが、生涯において発症する病の全てが先天性の遺伝疾患である訳がありません。

当然ながら「アルビノで無ければ弱視の危険性が無い」という都合の良い話は存在せず、後天的な要因やその他の先天的な要因により弱視となる可能性は十分に考えられます。

ですので「殆ど」と表現しています。


話の分母を大きくする事なく、この項の主旨に基づいて話を進めます。

つまり、アルビノを使用しなければアルビノを起因とした弱視の危険性は無くなります。

同じく、エニグマを使用しなければエニグマを起因とした神経障害が、レモンフロストを使用しなければレモンフロストを起因とした腫瘍問題が無くなることは確かな事実です。

繁殖に携わる私達は、健康への被害がある事を知りながら、これらの個体を新たに生み出しているということもまた事実です。


[線引きを考える]

冒頭で述べた通り、モルフとは大なり小なり遺伝子疾患です。

どこまでを品種として、どこからを障害と捉えるのか。これは永遠の課題です。

こんな事を言ってはこの記事の根底が揺らいでしまいますが、この手の命に纏わる倫理に触れる課題に明確な答えは存在しません。

ですのでここから先は考え方の一つを述べるに過ぎず、決して押しつけがましい答えでは無い事を念頭にお読み下さい。


例えば、遺伝性のある神経障害を抱えるノーマル表現の個体の繁殖を行うでしょうか?

同じく、遺伝性のある腫瘍問題を抱えるノーマル表現の個体の繁殖は?

当然ですが、殆どの人は繁殖を行わないでしょう。

それでも神経障害を抱えるエニグマ、腫瘍問題を抱えるレモンフロストは世界各国で盛んに繁殖が行われています。

つまりは「リスク」と「リターン」であり、例え障害というリスクがあったとしても、エニグマやレモンフロストにはそれを補えるリターンがあると考える人達がいるからこそ、未だに繁殖が続いていると言えます。


ですが、私個人としてはこの構図には疑問が残ります。

なぜならば際立った表現というリターンを受けるのは常に私達であり、障害というリスクを抱えるのは常にレオパードゲッコーであるからです。

綺麗事ではなく、命で遊ぶという事を趣味にする以上、この線引きについては私達のリスクとリターンのみにスポットを当てた乾いた話で終わらせるのではなく、正解の無い倫理を模索しながら命に寄り添う形を考え続ける必要があるように思います。


[線引き]

明確な答えは決して存在しないモルフと遺伝子疾患の線引きを考え

「本種の魅力」「健康被害」

を天秤にかける中で、今回は下記のように線引きをします。


1.重篤な障害が付随し、根治が不能である。
2.発生した障害が、個体の寿命に影響を与える。


前述の通りこれは考え方の一つであり、答えではありません。

世界的に新しいモルフの健康面が注目される中で、私個人が改めて考え直した中での結論です。

本記事をお読みいただいた方の中には、もっと厳格な基準で線引きをされる方や、全く違う観点で線引きをされる方。多様な考え方から、同じ数だけ線引きが発生すると思います。

私としてはそれこそが重要で、繁殖に携わる個人が命で遊ぶ中、倫理観を麻痺させずに本種と誠実に向き合うきっかけになるのかなと考えます。

又、少し棘のある言い方になりますが「モルフなんて全部遺伝子病だし、大なり小なりなんだから何をしても一緒」と思考を放棄した考え方は嫌いです。


上記の線引きに従い、下記にモルフ名と理由を簡略に書いていきます。

◆遺伝子疾患を抱えるモルフ◆

エニグマ

高い確率で発症する神経障害により、回転等の異常行動や運動障害を引き起こします。又、常に軟便状態の個体や、明らかに痩せ型の個体等、その他虚弱体質の個体も多く確認出来ます。

神経障害が軽微な個体も存在しますが、この度合いを完全に制御する繁殖方法は判明していません。重篤な神経障害を抱える個体の多くは、献身的な介助をし続けない限り短命に終わります。

本種本来の寿命を考えた際、全てのモルフの中で最もレオパの健康寿命を害していると断じても過言では無いように考えます。


WYシンドローム(WS)

一定の確立で発症する神経障害により、仰け反り等の異常行動や運動障害を引き起こします。又、虚弱体質の個体も確認出来ます。

呼称から誤解されがちですが、WYシンドロームとは、W&Yと異なる神経障害のみを引き起こす独立したモルフです。

USで初期に流通したW&Yの中で、神経障害を発症する個体が確認された事が呼称の由来となり、WYシンドローム=WSという呼称が定着しました。

後の遺伝検証により、W&YとWYシンドロームはそれぞれ独立したモルフである事が判明しています。

WYシンドロームの最も大きな問題点は、表現に影響を与える事なく神経障害を発症させながら、その発症率が100%でない点にあります。

つまり、外見や症状からWYシンドロームの保有の有無を判別する事は不可能であり、無作為な交配を行えば蔓延のリスクが高まるという事です。

Source1:WYシンドロームの除去方法について


レモンフロスト

高い確率で発症する皮ふ上の腫瘍は、内臓を含めた広範囲への転移が確認されており、致死性があります。

腫瘍が進行した個体の様子は痛々しいものであり、発症箇所によって機能不全を引き起こす事が判明しています(瞼の開閉不可、鼻腔の閉塞による開口呼吸、瞳孔が動かせない等)。

この原因については論文やプレプリントが発表されており、腫瘍問題はレモンフロストに紐づいた遺伝子疾患である事が語られています。

又、繁殖行為そのものを否定する意見も述べられており、これは本種に存在する障害を抱えるベースモルフの中では唯一の事です。

関連記事: レモンフロスト:腫瘍に関する情報


◆準・遺伝子疾患を抱えるモルフ◆

W&Y(WS未除去ライン)

先の項目にて解説した、WYシンドロームが蔓延しています。

WYシンドロームの除去方法もハッキリとしている為、このモルフを繁殖する上では除去に努める必要があると考えます。

W&Yそのものに健康被害は存在しませんが、神経障害を発症させる独立した遺伝子であるWYシンドロームが蔓延している事から、準・遺伝子疾患を抱えるモルフとして列挙します。

Source1:WYシンドロームの除去方法について


NDBE/ノワールデジール

殆どの個体は片側若しくは両側の眼球が収縮し、進行性のある盲目症を抱えます。又、♀個体の殆どは不妊体質である事が判明しています。

弱視を抱えるモルフは他にも存在しますが、完全失明の可能性があるモルフはNDBEのみとなる為、寿命に影響は無いながら準・遺伝子疾患を抱えるモルフとして列挙します。


[最後に]

どうも、お久しぶりでした。

ちょこちょこ手直しを入れていたのですが、前回投稿が2018年で大分サボってしまいました。

レモンフロストの問題を発端として「じゃあ○○はセーフなの?」という話題は、よく聞きましたし、よく話しました。

自分の中でもなんとなくモヤモヤとしており、どうにか言語化したのが今回の記事です。


手前の写真の子は、私がどうしても欲しくてどうにか手に入れたW&Yトレンパーの安堂さんです。ベビーの時、少しアンダーショットだったのが名前の由来です。

最も思い入れの強い大切な子で、結婚式の前撮り写真にも一緒に写って貰いました。この子にとっては迷惑な話であった事でしょうが。

そしてこの子もまた、神経障害の問題を抱えるW&Yを使用したコンボモルフです。幸い神経障害は全くありませんが、未だにWSの検証中になります。

想いとしては子供をずっと残し続けたいですが、WSが含まれる事が判明した時点で繁殖を止めます。

「子供を残さないと可愛そう」だとか「モルフなんて大なり小なり全部一緒」という便利な言葉で不都合な事実をオブラートで包むこと無く、初心を忘れずにこれからも本種と向き合って行きたいなと考えます。